居酒屋バイトでコミュ障から卒業できた話

LIFESTYLE

僕は20歳くらいの時ニートで、実家でダラダラした生活を送っていました。
もともと人と話すのが苦手でしかもニートだったので重度のコミュ障だったと思います。
そんな僕が居酒屋でバイトしてコミュ障から卒業できた話をしていきます。

始まりはバイト募集のチラシから

1年くらいニートだった僕はそろそろ働かないとお金も尽きるし、親にも働けと言われていたので働かざるを得ない状況でした。
そんな中母がチラシを持ってきて「新しい居酒屋オープンするんだって、ここはどう?」と勧めてきたのでとりあえずそのチラシを見てみました。
居酒屋はコミュ障僕には向かないと思っていたのですが、清掃と仕込みとゆう項目があったので、これならできると即電話したら面接してもらえることになったのでした。※正直電話はめちゃくちゃ緊張しました。

面接に受かった僕は早速働き始めることに

早速働き始めることになった僕は社員の方にいろんなことを教えてもらいました。
なぜか僕はその時1年ニートして頭が空っぽだったのかわかりませんが、一発で仕事を覚えられ社員の方に褒められました。
僕は「この仕事向いてるのかな」とか「なんとなく続けられそう」と安心感とともにこの仕事が好きになりました。
しかし、それも2週間程で打ち砕かれることになるとは..

「夜も出てほしいんだけど」

ある日、社員の方と賄いを食べている時のことでした。
見た目が怖い社員の人から「今日忙しいから夜も出てほしいんだけど」と言われました。
見た目が怖かったので否定することができずその日の夜の営業に出ることになりました。
そして夜の営業では、僕は半分お荷物状態でした。
僕はコミュ障だったので配膳ができず、料理を配膳の人が出しやすいように近くの棚に置いておくということしかできなかったのです。
その日僕はトラウマを覚えました。

その日を境に毎日夜の営業へ、そして決心する

その日から毎日夜の営業をやらされるようになった僕は徐々に夜の仕事に慣れるようになりました。
ただ忙しい日は無謀な数の配膳やドリンクを作らなければならないという過酷な日常を送っていました。
そして、ある日決心するのです。
「このままの性格じゃきついしやっていけない、性格を変えるしかない」と。

時が経ち…僕は教える側へ

二年の月日が経ちました。
僕はあのときのコミュ障まっしぐらの頃とは別人となり、新人に仕事を教える側にまで成長していました。
もちろん配膳も行くし、なんなら負けず嫌いだった僕は誰よりもたくさん配膳に行くようになっていました。
店長からも信頼されその頃にはホールだけではなくキッチンの仕事をこなすまでに。
もうそこに前の僕の面影はありませんでした。

一人暮らしが決まった僕は居酒屋をやめることに

実家暮らしに飽き飽きしていた僕は一人暮らしをするべく違う街に引っ越すことが決まりました。
僕がやめることを知ったみんなは送別会を開いてくれました。
その日は食べたり飲んだり話したりで最高の思い出になりました。
いい仲間に恵まれて本当によかったなと思いました。
そして僕を変えるきっかけを作ってくれた見た目が怖い社員の方にも感謝しています。
あれが無かったら今の僕はいないので。

今となってはコミュ障の人ほど居酒屋で働いたほうがいいと思っています。
なぜなら、仲間との連携がかなり大事なのでコミュニケーションは避けて通れないからです。
なので、コミュ障を治したいという人は居酒屋で働くべきですね。
コミュ障が治れば人生を変えることができるでしょう。
少なくとも僕は会話が好きになりました。

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